その10 ハワード・アシュマンという人物 (2)
(前回よりの続き)
『リトル・マーメイド』の作曲が終わった直後から、アシュマンとメンケンは新しい企画『アラジン』の作曲に取り掛かっていました。『アラジン』はアシュマン自身が提案した企画でした(この企画は、アシュマンが学生時代に演じた『アラジンと魔法のランプ』が起源であるといわれています)。『アラジン』の曲が数曲作られた時に当時ミュージカルではない作品として制作中だった『美女と野獣』が方針転換によりミュージカル作品となったため、二人は『アラジン』の作曲を中断し『美女と野獣』の作曲を行うことになりました。
メンケンは後に、
「『リトル・マーメイド』『アラジン』の時は作曲作業が本当に楽しかったが、『美女と野獣』の時は地獄の様だった。彼(アシュマン)は異様に興奮していて、曲の出来映えを異様に気にしていた」
と語っています。このとき、メンケンはアシュマンの異常の原因を知りませんでした。
そして、『リトル・マーメイド』のオスカー授与式の日の夜、アシュマンはメンケンに恐ろしい告白をします。
"Well, you know, I'm sick. I'm HIV positive."
(君も知っての通り、僕は病気だ。HIV(エイズの陽性反応)に感染しているんだ)
彼らは一日かけてその事について話し合い、そしてその日のうちに、『美女と野獣』の作業にかかりました。メンケンは後に、その日の作業で何をしたかまったく覚えていない、と語っています。
二人は大急ぎで曲を完成させていきました。そして、『美女と野獣』の中で最後に作曲された『愛の芽生え(Something There)』をレコーディングした頃には、アシュマンはついに体力的な限界を迎え、立っている事もできなくなっていました。しかしそれでもアシュマンはレコーディングに参加しようとしました。レコーディングスタジオから電話をアシュマンの自宅につなぎ、アシュマンは自宅のベッドから歌い手にコメントを送りました。
そんな中で『美女と野獣』の曲は、完成しました。
二人は休む事なくすぐに、途中で止まっていた『アラジン』の曲にかかりました。アシュマンに残された時間は本当にわずかでした。この頃アシュマンの病状は絶望的なものとなり、視力も、声も、完全に衰えていました。そんな中でアシュマンは『Prince
Ali』を書き上げました。この曲は後に名優ロビン・ウィリアムズによって歌われ、全ディズニーソングの中でも屈指の名曲となりました。
そして『思い知らせろ(Humiliate the boy)』(本編未収録、ワールド・オン・アイス『アラジン』で使用されました)を書き上げた直後、アシュマンは力尽きました。完成直前の『美女と野獣』を観る事なく、セリーヌ・ディオンとビーボ・ブライソンのボーカルを聞く事もなく、『アラジン』のレコーディングを見届ける事もなく、この世を去りました。40歳という若さでした。
彼の死後、メンケンは巨匠ティム・ライスと組んでアシュマンの遺作『アラジン』の音楽を完成させます。この頃作曲されたのが、『一足お先に(One
Jump Ahead)』と『新しい世界(A Whole New World)』です。またこの後メンケンが『ポカホンタス』『ノートルダムの鐘』『ヘラクレス』と大活躍していくのは皆さんご存知の通りです。
アシュマンの死から約2年半後、彼の最後の曲が完成します。『美女と野獣』ミュージカル版で採用された『Human Again』です。上映時間の関係からアニメーション版でレコーディング直前にカットとなった曲でした。この曲の演奏を聞いて、メンケンは「アシュマンの腕前はいまだに上がっている!」と驚いたといいます。
また、最後に私たちの前に姿を見せたアシュマンの曲は、『アラジン完結編 盗賊王の伝説』最後の曲『Alabian Night』です。この曲は本来初代『アラジン』のラストシーンで使われる予定で、レコーディングまでされていたものです。
たった3作品のみを手がけ、その中で偉大な足跡を残したアシュマン。『美女と野獣』のエンディング・クレジットには、一番最後にこんなメッセージが入っています。
TO OUR FRIEND HOWARD
WHO GAVE A MERMAID HER VOICE
AND A BEAST HIS SOUL,
WE WILL BE FOREVER GRATEFUL
HOWARD ASHMAN
1950-1991

(すみません、確認したところ、アシュマンがメンケンに告白したのはオスカー授賞式当日だった様です。)
(HIVに関しては十分な知識がなく、誤認がある可能性があります。詳しい方はご指摘ください。訂正します。)