その4 ディズニーランド凋落の序曲 〜(1) 演出はいずこへ
えと、先週の土曜にディズニーランドに行ってきました。それなりに楽しかったのですが、強烈に痛感した事があったので、今回は予定を変更して、ディズニーランド本体についてお話したいと思います。
能登路雅子氏の「ディズニーランドという聖地」という本にも書かれていますが (この本については、いずれじっくりご紹介する予定です。)、ディズニーランドには入り口が一つしかありません。
通常遊園地には入客のために複数の入り口があるものですが、ディズニーランドには一つの入り口しかありません。 これはディズニーランドとディズニー映画を同様に考えたウォルト・ディズニーが、演出の技法として考えたものです。正面入り口からシンデレラ城
(本家では「眠れる森の美女の城」ですが) を望む中央広場まで映画を観るように統一した演出をほどこし、ビジターを完全に異世界に引き込むのが目的です。ディズニーランドが通常の遊園地と違う様に思えるのは、この「テーマパーク」としての演出があるためなのです。
ところが。つい先日ディズニーランドを訪れ、ワールドバザールを抜けて正面にシンデレラ城が見えてきたとき、私は友人の指摘に目を疑いました。
「なんだありゃ。」と。
正面にそびえ立つ美しいシンデレラ城の前に、無骨なクレーン車が止まっているのです。何かの作業の途中なのでしょうが、演出ぶち壊しです。装飾もなにもない、ただのクレーンが、シンデレラ城の前に。あまりの事に、気が遠くなりました。何を考えてあそこにクレーン車を止めているんだ?その結果どうなるか、ディズニーランドの職員は誰も気付かなかったのか?ここでシンデレラ城をバックに写真を撮る人も多いでしょう。その日に来て、そこで写真を撮った人は、後々までこう言うでしょう。「このクレーン車、じゃまだよね」
また、ファンタジーランドの一番奥、「イッツアスモールワールド」の左横でもなにか工事をしていたのですが、いかにも「この中は工事中です」といわんばかりの鉄壁がそびえ立って、異様な雰囲気を振りまいていました。
以前は、こんな事は絶対にありませんでした。一度ディズニーランドの中に入ったら高い梢に遮られ、「スカイウェイ」や「スタージェット」などの高いところに行くアトラクションに乗った時を除けば、絶対に外は見えなくなっていました。工事を行っても、絶対にそれが分からない様に工夫が施されていましたし、ましてや工車が露出するなんて問題外でした。
それが、今ではシンデレラ城の前にクレーン車がそびえ立っている。
もはや、演出なんて事は完全に忘れられていますね。もし今でもウォルト・ディズニーが生きていて、今日の東京ディズニーランドにやってきたら、責任者は全員クビでしょう。演出力を失ったディズニーランドが行く先は、2流遊園地としての老後です。
今思えば「トゥーンタウン」建設の頃から、おや?と思う事が何度かありました。トゥーンタウン建設中、今のトゥーンタウン入り口の所に、「もうすぐミッキーたちの町ができるよ」といった旨のメッセージが出ていました。これはこれでいいとは思うのですが、そのメッセージが掲げられているのがいかにも工事現場、という鉄壁で、なかで工事しているのが分かってしまうのです。あまり隠そうとする努力は見受けられず、あれ?と思ったのを覚えています。
その後、ワールドバザールの一部改装など、工事の度におや?と思いつづけてきましたが、今回いよいよトドメをさされた気分です。
ディズニーランドの一番の特徴は、その演出力にあります。外部との完全な隔離を行い、画一化した演出の中で楽しむ、という特殊性があるのです。これが、ディズニーランドが「テーマパーク」と呼ばれるゆえんです。その為に梢を高くし、舞浜駅前から様々な演出をほどこし、園内に音楽を流し、小さな小細工を各所に散りばめているのです。これらがすべて完璧に機能した時、ディズニーランドは「テーマパーク」として、確固たる地位を築く事ができるのです。
今、その歯車が緩み、全体が崩れようとしています。
この事実を確認するべく、近日中にもう一度ディズニーランドへ行きます。確認し、この話はもうちょっと深く掘り下げていこうと思います。
すみません、ビデオの話は、ちょっと先になりそうです。